朝礼ネタ 失敗談と教訓

(今回はとても個人的なお話です)

ごくわずかな時期ですが、私は妻の実家から仕事に通っていたことがあります。今日、お話するのは、その2日目の出来事です。

駅にてPASMOをチャージしようと財布を取り出したタイミングで、私の前に鍵が落ちました。「前の人が落としたのかな?」と思ったのですが、混雑していたのと足早に去っていったので、どなたが落としたのかが分からなくなってしまいました。もう、どうしようもありませんので、私は、駅員さんに鍵を届けて出社しました。

さて、その日の帰り…。妻の実家に到着すると、家の鍵が見当たりません。そこで私はすぐに気が付きました。「朝、駅員さんに届けた鍵は、自分が落とした鍵だ。」 

こうして私は、「自分で落とした鍵を、自分で駅員さんに届け、最後に自分で取りに行く」という落とし物にまつわる一連のできごとを一人で経験することとなりました。今となっては笑い話ですが、当時は血の気が引く思いだったのを今でも鮮明に覚えています。

もし、これが普段使っている自宅の鍵なら気が付けたのですが、自分で落とした感覚が無かったことも相まって気づくことができなかったのです。

この経験を振り返ってみると、人間の記憶がいかにいい加減であるのかを感じます。妻から借りた鍵の形状を覚えないことはもちろんですが、妻の実家から通っているという意識とリンクさせることもできませんでした。

こうした記憶の錯覚を起こさないためにも、改めて目の前の事実と、自分が置かれた環境を客観的に見直すことを実践していきたいと思います。